真夏の冬景色に思う

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先月、秋田市で見た光景です。
秋田市内のイチョウ並木は神宮外苑のような円錐形が多いと感じていますが、神宮では4年に1度、冬期に剪定をしています。
一般的に、樹木剪定は、夏は軽目に、冬は強目に。
真夏にここまで枝を落とすのは珍しく、冬季剪定のような様相に驚きました。

街路樹の役目はいろいろありますが、その一つが、木蔭をつくること。
そして、街並み景観の向上。
街路樹が、街路樹の役目を果たせないことには、どんな事情があるのでしょう。
今年は全国的に夏の強剪定が多く見られるようですが、枝葉の茂る時期に樹木が葉を付けていないのは異様です。

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能代でも以前は、真夏に街路樹が丸坊主にされており、「黄葉忘れた街路樹が」という見出しで、地元紙が問題提起をしたことがあります。
樹木は、夏から秋にかけて光合成を活発化させ、来春に芽吹くための養分を作りますが、それが葉っぱの役目。
樹木が秋に色付くのは、葉たちが来季の蓄えを作るという役目を終えたという印で、役目が終わったから葉は落ちるのです。
そのための葉を奪われると、樹木はいつまでも葉を青くして、養分を作るための活動を続ける。
時々、他の木がすでに葉を落とした初冬に、まだ青葉のままの街路樹を見かけることがありますが(冬の青葉)、こうした木々は、冬でもまだ夏の活動をしています。
そしてこの青葉は、やがて寒気に当たり、役目を全うできないまま、黄葉(紅葉)できずに枯れていく。
そんな葉たちを見ていると、「葉っぱのフレディ」は幸せ者かもしれないと思わされます。


樹木に、樹木の通常の活動をさせないということを、もっと真剣に考えてあげなければと思います。
こうした木々の姿を目にする度に、なぜ街に木を植えるのかの意味や原点を考えさせられるこの頃。

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