杜の木漏れ日

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寄り添えば笑う

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昨年、知人からいただいていた石の彫刻。
夫婦が寄り添う姿を彫ったもののようです。
となると照れくさくて、なかなか置き場所を決められません。

そんな時、若いご夫婦が遊びに来てくれるということで、意を決して置くことにしました。
あまり目立たぬように、さりげなくそこにいる。
そんな感じでいてくれればと思いますが、いざお披露目という段になり、置いた本人がどこに置いたのかを忘れてしまいました。

「さて、この庭にはカップルが何組いるでしょう?」
今度はそんなふうにして、来た人に探してもらおうかと思います。

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「何組?」と言ったのは、実はこの庭には、そんな寄り添う石がけっこうあるのです。
石が寄り添っているのは、二つで一つだから。
寄り添うことで互いの欠けた部分を補い、一つの形として成立させる。
それが石組です。

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こちらは、6個で一組になっている石組。
「組」という字には「二つ以上を取り合わせたひとまとまりのもの」という意味がありますが、これは、一個では石組として成立しないということ。
「二つ以上」だから、三つで一組とか、百で一組ということもあるでしょう。

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この6人家族の家(石組)の周りにも家々は展開していて、

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離れて見ると、大きな石組の集団になっています。
一組の夫婦に家族が増え、親戚が増え、そんな人組が増えていけば、そこは地域になる。
そんな感じでしょうか。

この石群は、青森県深浦町の行合崎をモデルにしていますが、石組は、長い時間を掛けてつくられた地球の創生過程を表すものでもあり、地域という人組もまたそうなのでしょう。
「組」に糸へんが付くのは、時や出会いを紡ぐ中で、いろんなことが繋がっていくということかもしれません。

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実は今朝、なにげにこの石を見ていて新たな発見をしました。
ちょっと角度を変えて見ると、大きな方の石が口を開けて笑っているのです。
毎朝夕見ているのに、今日初めて気が付きました。

石組は安定感が大切だと思っていますが、安定は安心を呼ぶ。
二石が寄り添うことで安定し、それが安心に繋がるから微笑むのでしょう。

私の作庭理念は『笑庭来福』ですが、これは、「庭で笑えば幸せが来る」という意味。
庭で笑うためには、その庭で安心できることが必要。
安心できるから癒されて、微笑みたくなる。

ここまで書いて思い出したのが、『百人百庭』。
この本の「まえがき(龍居竹之介氏」と「あとがき(豊蔵均氏)」には、

「庭は安心の素」.
「幸福だから笑うのではない。笑うから幸福なのだ。」
「幸福だから庭がつくれるのではない。庭をつくるから幸福になれる。」
「感謝できるから幸福になれる」。

など、そんなことが記されています。
笑う石も、それを見て微笑む自分も、きっと幸福なのでしょう。
石と石が寄り添い、人と人が寄り添い、庭と人が寄り添う。
寄り添えば笑い、笑えば幸せがやってくる。
そんなことに感謝し、この幸せを広げようと思った朝でした。

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