杜の木漏れ日

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人生の専門書

読書の習慣はないけれど、一応、本棚はある。
何が置いてあるのかといえば、ほとんどが専門書。
そういえば、引っ越しの荷物からまだ出していないものもあったなあと、段ボール箱を開けてみた。

箱の中にはやはり、専門書がいっぱい。
取り出して本棚に並べていくと、自分で詰めたはずなのに、見覚えのない本が一冊紛れている。

この見覚えのない本は、「ことわざ辞典」だった。
図鑑なら時々見るが、辞典はしばらく手にしたことが無い。
なぜここに、こんな辞典があるのだろう。
ちょっとは世の中のことを知りなさいと、家人が箱に忍ばせたのだろうか。

でも、ここで手にしたのも何かの縁。
せっかくなので、少しめくってみる。

「豚に真珠」。
このぐらいは、知っている。
「猫に小判」。
これもわかる。
「馬の耳に念仏」。
もちろん知っている。
「犬に論語」?
これは初めて聞いた。

みんな動物が出てきて、しかも同じような意味。
同じ意味のことわざだけでもこんなにあるが、どの言葉も、実生活の中で使う機会はほとんどない。
ことわざを使う場面で思い出すのは、テレビのクイズ番組とか、先生から説教された時とか。
いやそういえば、学生時代の恩師から、有り難い言葉をいただいていた。

「人生万事塞翁が馬」。
人生はどんなことが起こるかわからない。起こったことに一喜一憂せずに、それを楽しむぐらいの余裕を持て。目指すものに向かい、先を見据えて生きなさい。

たしか、そんなことを言われたような気がする。
でも、いまだにそんな度量を持てないばかりか、せっかくいただいたこの言葉も忘れていた。
それでは「馬の耳に念仏」ではないかと、今日から「塞翁が馬」を念仏のように唱えなければ。

考えてみると、こんな有り難い言葉を贈れるということは、先生ご自身が、それだけの経験をされたということだろう。
そんなこともあって、ことわざは、人生の達人とか、偉い先生が使う言葉だと思っていた。

自分は達人ではないから、ことわざを使う機会はほとんど無い。
ほとんど無いけれど、この辞典を見ていると、「なるほど~」、と思えるものはけっこうある。
そう思うということは、それが良いにつけ悪いにつけ、自分が同じような経験をしているということだろう。
経験は、苦しいものであればあるほどに意識に残る。
だから、直面している時に出会ったりすると、一生忘れられない言葉になる。
それが、生きる希望や生き方の指針になることもあるし、上向きの時や道を踏み外しそうになった時などは、気付きや戒めになることもある。
ことわざは先人の経験で、誰もが通る道。
だから、すぅ~っと心に入ってくるのだろう。


そんなことわざの中で、気に留まったのが次の言葉たち。

来る者拒まず去る者追わず
立つ鳥跡を濁さず
過ぎたるは猶及ばざるが如し
親しき中にも礼儀あり

人は一人では生きていけないが、人と関わって生きているといろんなことがある。
仕事でも私生活でも、人生で悩み苦しむことの多くは対人関係ではないかと思うが、そんな中で、意識している言葉でもある。

自分もいろんな人に教えを乞うてきたから、よほどのことが無い限り、扉は開ける。
出会いは終わりの始まりとも言うが、望んでやってきた人でも、いろんな事情で去る人もいる。
でも、それはその人の選んだ道であり、これから、本当に自分が望む人生を歩んでいくのだから、それを引き止めることはしないし、そのことに対して干渉もしない。

これは、裏を返せば、自分が「去る者」になった時、きれいに立ちたいということでもある。
だから、どんな事情があろうとも、出会ったことや共に過ごした時間に対しての感謝を述べて終わる。
立つ時は、互いが気持ちよく次のステップに進めるためにも、感謝の言葉で締めたいと思っている。

では、自分から去る時とはどんな時か。
信じる理想や正義を通したい時、そして、相手の思いを尊重したい時。
しかし、いかに自分が正しいことをしていたとしても、相手の立場や都合を考えずに熱くなりすぎると、相手にとってはただの迷惑。
良かれと思ってやったことでも、度を超えてしまうとお節介になる。
度を超えるということは、相手が踏み込まれたくない領域に入ってしまうということでもある。
人にはそれぞれに他と保ちたい距離感があるから、そのバリアを超えて踏み入ろうとすると、相手は拒絶反応を示す。
人によってその「度」は違うから、その一線がどこなのかを察し、それを超えないように気を付けたい。
相手との距離は「間合い」でもあるが、度を超えないようにするには、「度合い」を知ることが大切。
度合いは「程度」で、「ほどほど」。
ほどほどの関係で距離を保つことが、うまくいく秘訣なのかもしれない。

親しい仲でも距離や礼儀は必要で、いかに家族や友人でも、礼を失して入り込みすぎるとうまくいかない。
「礼に始まり礼に終わる」という言葉があるが、これは、相手を敬まうこと、相手に思いやりを持つという意味。
武道の精神ではあるが、これが人付き合いの基本だと思うから、相手の思いを尊重し、嫌だと思うようなことは避ける。
相手があっての自分で、相手がいなければ試合にならない。
だから、自分よりも先に相手のことを考える。
武道は押したり引いたりするが、押してばかりだと相手は引く。
相手が引いたら、引いたことを尊重する。
お互いにそんな思いやりを持っていれば、人間関係もうまくいくのではないか。

などなど、ことわざはいろんなことを教えてくれる。
馬の耳に念仏とならぬように、肝に銘じて生きたいものだ。

気が付けばもう、人生の半分。
これからもきっと、これまでにない経験をし、共感できることわざが増えていくだろう。
そして、限られた時間の中でも自分の人生を楽しみたいし、その楽しみは、世のため人のためになることでありたい。
そうなった時、このことわざ辞典は、人生の専門書になるだろう。

さて、次にこの本を手にする時は、どんな経験をしているのか。
少しでも「塞翁が馬」に近づいていたら、それが師への恩返しになるのかな。
がんばろう、自分。

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