善い仕事

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現場は今、黒松の剪定中。
この時期の剪定で気を付けたいことは以前の記事(常緑樹の冬季剪定~クロマツの枝折れ防止剪定~) でも触れていますが、樹木の健康以外で気を付けていることが掃除。

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雪がある時や降っている時は、剪定枝を散らかすと掃除がしにくい。
降雪時は落とした枝の上に雪が降り積もるので、雪を掘り起こして掃除をしなければならなくなります。
逆に、雪が融けている日などは、融けた雪と葉っぱが混ざり、これもまた掃除に手間が掛かる。

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そうならないように、下に置いてあるシートめがけて剪定枝を落としたり、脚立の掛け替えで下に降りた時などに小まめにかたずけておくと後が楽。
要は、効率良くきれいな仕事をするということですが、植木屋の手間はそのまま料金に反映されるので、こうしたことも施主さんへの気遣いになります。

以前、最後の江戸職人と呼ばれた左官名人とお話しする機会があって、
『仕事が終わった時にかたずけも終わっているのが上手い仕事だ』
と言われていました。
これは植木屋も同じことで、手入れが終わった時には掃除も終わっているというのが理想です。
外仕事をしていると、突然雨が降ってきたり風が強くなったり、仕事を中止しなければならない時がありますが、そんな時にかたずけながら仕事をしていると、すぐに仕舞うことができるのであまり濡れずにすみます。
自分の持ち場を早く仕舞えれば、同じ現場で仕事をしている人のかたずけを手伝いに行くこともできる。
上手い仕事は、自分のためにも仲間のためにもなるということです。

夏場でも、玄関前の通路で剪定している時などは、剪定枝を散らかすとご家族や訪問される方が通れなくなるので、やはりかたずけながらの仕事になります。
切りっぱなしの仕事は、道路に面した所などでは風で枝が飛ぶなど、通行される方の迷惑にもなる。
こんな気遣いは当たり前のことですが、自分のため、仲間のため、施主さんのため、道行く人のため、みんなに気遣いながらの仕事は、「上手い」を超えた『善い仕事』といえるでしょう。

ちょっと視点を変えた捉え方をしてみると、今年は知人からこんな話を聞きました。
「うちに来てもらっている植木屋さんはまだ若いけれど、仕事がとてもきれいで、かたずけながら手入れをしている。若いのにたいしたものだ。」と話されていて、私も感心しながら聞いていました。
庭の中にはたくさんの木がありますが、体力のある若い頃は、何本もの木を切るだけ切ってから一気に掃除するというやり方もできます。
それができるのにそれをしないということは、考えた仕事をしているということ。
庭に切った枝を大量に散乱させているのは、仕事の途中とはいえあまりきれいなものではなく、だらしのない仕事にも見えます。
そんな意味では美意識が高く、自分の「仕事に誇りを持っているということでしょう。

同じく鋏を持つ床屋さんなどは、床に散らかった髪の毛をきれいに掃除してから次のお客さんを迎えますが、これは植木屋も同じことで、掃除までやってはじめて1本の木が仕上がり、そして次の木に向かう。
庭はたくさんの木がある集合体ですが、一つの庭を仕上げるという意識を持ちつつも、一本一本仕上げていくという感覚も大切で、これは、木々と丁寧に向き合うということ。
丁寧に向き合えば木々への感謝の念も湧き、それが善い仕事に結びつくのだと思います。

年を取ると、なるべく体力を使わないような仕事の仕方になっていきますが、寄る年波とはそういうことで、年の功でもある。
今年も残り半月。
年相応に知恵や工夫、気遣いを増やしていきながら、一軒の庭、一本の木に対して、丁寧に向き合っていこうと思います。