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戯言

缶詰め

正月といえば、自分の中では『街路樹サミット』。
第一回目が1月9日、二回目が1月7日と、二年続けて『街路樹サミット』で年が始まるという感じだった。

どんなことでも、一回目は初めてのことなので大変。
しかも、いきなり東京という大舞台で講演をする。
何をどう話すか、どんな構成にするか、招かれてやる以上は、より完成度の高いものを提供しなければと、無い頭で練りに練る。
二回目は場所を移して大阪。
東京での話を大阪でもと呼んでいただいたのだけれど、自分的に、同じ話をするのはつまらなくて、一回目を踏まえつつも、それを発展させたものにする。
なので一から構成をし直し、資料も改める。

お話は半年前にいただくけれど、ぼんやりと構想を練りつつも、具体的な準備は1か月前から。
できるだけ新しい内容も入れたいから、そのぐらいまで待ってから始める。
それが忙しい師走の時期になるから、必然、講演資料の仕上げや練習は直前の正月休みになる。
そこに輪をかけて、去年の暮れはわが家の引っ越しもあったりして。

というわけで、2年続けて、正月休みは家で缶詰め。
でも今年は久しぶりに正月らしい正月を迎えられて、缶詰めから解放されている。

二年もそんな正月を過ごしていると、缶詰めにならないと物足りない。
などということも無くて、昨年の9月には県の街路樹講演会があり、その時に缶詰めの前倒しをした。
所と人が変われば話も変わる。
この時もまた同じ話はできなくて、以前、専門誌に書いた連載をもとに、行政向けに内容を練り直した。
緑の活動は現在進行形で行っているから、話せる内容はどんどん増えていく。
資料的には3時間分の内容を1時間に凝縮してやるので、そんな作業が結構大変だ。

作業をしていて思うのは、事例がたくさんあるから、テーマに合わせたチョイスや組み合わせができるということ。
いつも時間オーバーを気にしながら話しているけれど、逆に、事例が少ないと時間が余る。
その方が困るから、時間が足りないぐらいに情報があるということは幸せだ。

本当は口下手で、人前で話すのが苦手。
そんな口下手が講演原稿も書かずに話せるのは、資料を見ると、言葉が自然に付いてくるから。
緊張していても言葉が出てくるのは、資料で紹介する出来事がすべて実体験であり、自分の足で見聞きしたことだから。

緑の活動を始めたのが2005年。
HPの「街の緑を考える」やブログの「街の緑1~7」には、13年分の情報が詰めこまれている。
それをまとめたのが、昨春にUPした『街路樹の人』。
この『街路樹の人』の原稿は、文字数で言うと10万字を超えている。
時々書く地元紙への寄稿で1500字程度。
一日1500字書いたとして、到達するには66日、ほぼ二か月かかる。
でも実際の新聞寄稿は1500を仕上げるにも3日はかかるから、66×3で、198日。
この計算だと半年以上かかることになるが、実際,構想から仕上げまではそのぐらい缶詰めとなった。
講演は、この10万字の経験を1時間で話しているということになる。


庭の仕事に就いて30年。
これも、まだまだ現在進行形で学びの途中なんだけど、一本の木や一つの庭に、毎年新たな気持ちで工夫を重ねている。
自分のものになっていない技術や理論を庭として表現することはできないから、30年分の引き出しは財産であり宝物。
手掛けさせていただいた庭は、そんな引き出しをもとに、その場に合わせて考え、形になったものだ。
それがまた新たな引き出しとなり、庭の形や考え方も進化していく。
10年ひと昔と言うけれど、2008年に書いた専門誌記事を読み返してみると(『作庭詩論』)、今の考えは、それを基調としながらも、さらに自由になっている感もある。
そんなことを思うと、講演もまた同じで、13年の緑の活動の中での、ひとつひとつの行動の積み重ねがあってこそ。
自分を缶詰めだとすると、この緑の缶詰めは、たくさんの行動の堆積でできている。


中身が入っていない缶詰めというものも無い。
そこに何かを詰めるから「缶詰め」と言う。
いつか美味しい料理になるように、今年も、中身のある缶詰め活動をしていこう。

ということで、つらつらと、年頭の抱負などを書いてみました。

kanndumer.jpg

世俗を離れ、ひとり缶詰め活動に励むわが家の猫

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