杜の木漏れ日

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枝垂れてこその柳

先日、市内で仕事をした時のこと。
完了のお声掛けをすると、ありがたいことにお茶のお誘いをいただいた。
ちょうどご友人がいらしているとのことで、その方を私に会わせたいとのことだった。

ご馳走になりつつお話を伺うと、以前にもお会いしたことがあるらしい。
失礼ながら思い出せずにいると、なんでも、官庁街で私と話をしたことがあり、能代の街路樹の変遷に感動されたという。
その後も、時々書いていた地元紙への寄稿を目にされて、「あの時の人だ」と思われていたとのこと。
それが今回、フォトコンテスト入賞の記事が載り、今日はその当人がこちらで仕事をしているという偶然。

百花

世の中広しといえども、街路樹の話に感動される方はそういるものではない。
お茶の時には思い出せなかったけれど、記憶を辿って行き着いたのが9年前に書いたこの記事。

『百花春至誰為開』という拙文には、冒頭に、通りすがりの方と街路樹の話をした時の様子が出てくる。
全4巻のこの記事は、このエピソードから話を展開させていったものだから、この方との会話が無ければ原稿を書けなかったかもしれない。
そうか。あの時の方だったか!
と、今度お会いすることがあったら、ぜひその時のお礼を申し上げたいと思う。

思えばこの年は、能代の街路樹が変わった年。
あの時は、ブツ切りだった柳の街路樹に枝を残す剪定が行われるようになったと話し、「枝垂れてこその柳だものね」という、嬉しい言葉をいただいていた。

ということは9年ぶりの再会で、9年前に一度だけお話した方が、施主さんのお友達だったという奇遇。
こちらのお施主さんも、私が書いた記事をご覧になってのご依頼だったけれど、やはりそれも木のことで緑の話。
「緑」と「縁」という字は似ているが、緑が縁となって、巡り巡ってこんなことになっている。
9年前の偶然の出会いが今に繋がっていることに、縁の不思議さ、出会いの有り難さを感じずにいられない。


「枝垂れてこその柳」は、樹木は自然な姿でいることが最も美しいということ。
『百花春至誰為開』は、樹木の自然の営みを受け入れて、そこに感謝できる人間でありたいということ。
これまでの街路樹の活動は、そのことを世に発信してきたようなものです。
拙い発信を受け止めてくださる方々に感謝して、これからも続けていきたいと思います。