囲わないという選択肢

tamatuge (1)

先日、桜の剪定をさせていただいた時に見た、二ツ井中学校の校庭樹木。
雪囲いをした玉ツゲの列植が雪に埋もれています。

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校庭には、同じようなツゲの列植がまだあって、こちらは雪囲いがされていません。

tamatuge (3)

離れて見ると、実は2つの列植は通路を挟んだ両側にあります。
左右対称となるように植えられたもののようですが、同種同大同樹形の木なのに、なぜ片側の列は囲わないのでしょう。

答えは、左列の玉ツゲは高木(ヒバの列植)の下にあるので、雪が載らないのです。
世間にも造園業界にも、「庭木は雪囲いをするもの」という常識がありますが、雪の害を受けなければ囲う必要も無い。
森の林床に生える低木を高い木たちが風や雪、強い日差しから守っているように、ここでは、枝を張らせたヒバの木が傘になり、雪囲いの役目をしてくれているのです。

以前は両側のツゲを囲っていたそうですが、左列に雪が載らないことを発見した校務員さんが、囲うのをやめたそうです。
この判断は、実はすごいこと。
やめる判断というのはなかなかできないことで、冬囲いを仕事とする業者でも、頼まれれば全てを囲ってしまう人の方が多いでしょう。

無駄に囲わなければ経費が浮き、経済的で効率的な管理ができる。
これは、現場を見ているからできることで、常にそこにいるからわかること、無駄を出さないように意識しているからできること。
「木は雪囲いをするもの」という常識や先入観を持っていると、こんな判断はできない。
以前のブログに「作らないという選択肢」という記事を書きましたが、囲わないという選択肢もまた、常識よりも本質を見ているからできることです。

tamatuge (4)

反対側から見てみます。
囲っていない方のツゲの後ろにあるヒバの列植は、刈り込みではなく自然な姿をしています。
整形的に刈り込めば枝が混み、ヒバにも雪囲いが必要になりますが、自然形の木は内部に適度な空間があるので、雪が載らない構造になっています。
そんな現状を見抜いているからヒバを刈り込まず、ツゲに触る下枝だけを払っている。
刈り込まなければ適度な枝張りが残るので、下のツゲに雪が落ちず、雪囲いをしなくてもよくなるということ。

言われなければ気が付かないような景色ですが、ここには大きな工夫と知恵が隠されています。
何気ないように見えて、とても高度な見極めがされている。
なにもしない(囲いをしない)ということが、実は大きな仕事。
校庭を管理するのは校務員さんですが、まさにお庭番、素晴らしい仕事だといえるでしょう。


平成25年3月に策定された能代市緑の基本計画には、「公共施設を緑化推進の中心的役割を担う施設として位置づけ、緑化の推進と適切な維持管理を図ります。」とあります。
ただ、現実的には、施設管理の現場にはこのことが周知されておらず、木々が残念な状態になっていることのほうが多い。
「適切な維持管理」とはどういうことで、具体的にどんなことをしていけばいいのか、おそらくは、緑の計画を作られた方々でもご存じないでしょう。
そんな現状を鑑みて、市にはこれまで、緑の専門職の採用や育成を訴えてきましたが、二ツ井に自分で考えて行う人がいたことは大きな希望です。
意識ある人の育成が進み、能代に良好管理の道筋ができていくことを願います。