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街の緑7 杜守Club

至誠而不動者未之有也

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ボランティアをしている小学校の校庭に、樹木の由来を記した看板ができました。

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校庭樹木が植えられたのが7年前。
その翌年に看板制作を提案し、原案を提供していました。

『木を植えた理由を残せば、後世まで大切にされる。』
緑の活動をしていて強く感じていることですが、ブツ切りや伐採がなされてしまう街路樹や公園の木のほとんどが、なぜそこに木が植えられたのかの『元』が忘れられています。
それが忘れられると、木の存在自体への関心も薄れて、虫や病気が付くとか落ち葉が迷惑だとかで切られてしまう。

それは、思い出が残りやすい学校でも同じ。
公共樹木は行政の管理ですが、担当課でも学校でも、関わる人たちには必ず異動がある。
その時関わった人たちの心には残りますが、異動になればそこで終わって忘れられてしまう。

70年前、能代大火の復興として、街を火から守るための防災樹として植えた街路樹が、50年後にはそれが忘れられてブツ切りとなった。
能代大火から街を守ったお寺の大木たちはその40年後に公園や街路樹として残り、その30年後にはそれが忘れられて、祭りの運行のために大木の大枝を切った。
木を植えた理由や残した理由は関係者の記憶には残っていても、公の記録として、市民の目に触れる所には残っていない。
木を植えた理由や目的が残されずに忘れらると、木々の運命はブツ切りや伐採へと向かってしまう。
大切にしようという心が育まれていないからです。


『緑の価値に気付き、守り、活かす。』
能代市緑の基本計画の基本理念ですが、「緑の価値」とは、木を植えた理由であり目的です。
それが忘れられてしまうと、「守る」ことにも「活かす」ことにもつながらない。
木を植えた生みの親たちの思いを引き継ぐのは、それを守って活かしていく、育ての親たちの世代。
木を植えた理由や目的は旗印であり、目的の無いものはやがて廃れる。
「何のために」があるから、守ることができる。
「何のために」を残すからこそ、緑の価値を残せる。

などと、そんな話を歴代の校長先生に話し続けて6年。
それが形になったのは本当に嬉しいことでした。


『至誠而不動者未之有也(至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり)』。

この話を知人にすると、こんな言葉があると教えてくれました。
孟子の言葉で、吉田松陰が好んだとのこと。

「誠を尽くせば、人は必ず心動かされる」
そんな意味なのだそうです。

自分で看板を寄贈すれば事足りることですが、与えられることには思いが残らない。
お金のかかることだから、思いがあってもなかなか形にはならない。
でもあきらめずに話し続けたら実現した。

ブツ切り改善に3年、ブツ切りを起こさない体制づくりには6年。
これまでもいくつかの提案が採用されてきたけれど、それが実際のものになるには相応の時間が掛かる。
でも、粘り強く、誠意を尽くして話せば伝わる。
機が熟すには、時間と誠意と行動し続けることが必要。
誠意を行動で示していけば相手の心も動く。
そんなことを改めて思ったこの看板。

『至誠而不動者未之有也』
いい言葉を教えていただきました。
看板があれば頑張れる。
この言葉、自分の心に看板として刻もう。





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