杜の木漏れ日

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作庭展レポート1

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今朝の北羽新聞に、先月開催した作庭展のレポートが掲載されました。
タイトルは、作庭展のテーマ「庭を繋ぐもの」にちなみ、「庭から繋がるもの」です。

来ていただいた方々への感謝の気持ちを込め、一ヶ月の会期の中で感じたことなどを書かせていただきましたが、このように文化欄に掲載いただくと、庭が文化だということを認めていただいたようで、とても嬉しく思います。

記事は上・下の二回の連載となりますが、ありがたいことに、会場風景や展示の庭の写真などもカラーで紹介いただいてます。
相変わらずの駄文で申し訳ありませんが、ご覧いただけたら幸いです。

ご参考までに、下に、上の部の文を添付いたします。

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   「庭から繋がるもの ~作庭展を開催して~」(上)

市民プラザを会場に開催させていただきました作庭展も、一ヶ月の会期を終え、無事終了となりました。
ご来場いただきました多くの皆さまと、会場を提供いただきました能代まちづくり合同会社様、設営にご協力いただいた市民プラザスタッフの皆さまに、この場をお借りして、心からお礼を申し上げます。

今回の作庭展は「庭を繋ぐもの」をテーマに開催したものですが、庭の内外での様々な「繋がり」を、作庭写真やスケッチ、会場内に創作したインスタレーションなどを通してご覧いただく中で、庭の持つ役割や効果、庭をつくる技術や作り手の思いなどにも理解を深めていただければと企画させていただいたものです。

庭は、造形と造形が平面立体でバランスよく繋がった空間ですが、その造形もまた、個々の小さな素材が繋がってできた集合体です。
そのような繋がりの結集である庭は建築とも繋がり、庭の垣根を超えて周囲の家々や公園、街路樹、里山などの景観とも繋がっていきます。
展示では、このような視覚的な繋がりから、家族が大切にしてきた思い出の一品や眠っていた古材を再生させることで繋がっていく家族の時代や絆など、そこに庭があることで生み出される様々な繋がりをご紹介させていただきました。

作庭写真には解説文も付け、庭づくりの発想法や過程なども解るようにしましたが、何気なく生えているように見える一本の草や、ただそこに転がっているように見える石ころにも役割があり、全てが作庭者の意思と手によってそこにあること、庭の中に存在する全てのものが作り手の繊細な心配りと技で創られていることなども知っていただければと思いました。
また、庭は紙の上(図面)で作られるものではなく、設計者自身が足袋を履いて土の上に立ち、その場の空気を体全体で感じ取りながら創り上げていくものであることなども感じていただけたらと思いました。

展示では、土地に自生する山の木と野草だけを植えた自然と共生する庭などの他、三和土(たたき)や版築土塀、洗い出しなどの左官の工法を応用した庭、石積みや石張りなどの石工技術を駆使した造形の庭なども紹介させていただきましたが、身近な里山の風景を取り入れた庭や創作の庭にも興味を示される方もおられ、「庭にミズやフキが生えているのもいいものだね。」とか、「植木屋さんの技術は幅が広いね。」などと言っていただけたのはとても有難いことです。
日々の仕事から、植木屋には「木を植えて剪定する(だけの)人」というイメージが強いことや、名石名木を使った豪華な庭が日本の庭という印象を持たれている方が多いように感じていたことから、植木屋も「モノづくり」をする職人であることや、日本の庭は完成されたものではなく進化し続けていること、庭に決まりは無く、自由で柔軟な発想から生まれる庭は可能性にあふれていること、庭は人の暮らしと自然を繋ぐものであることなどもお伝えしたいと思っておりましたので、ご来場いただいた皆さまからの言葉は非常に嬉しいものとなりました。

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作庭展の様子は、コチラのイベントのカテゴリーでご覧いただけます。
http://konohanoniwa.blog61.fc2.com/blog-category-17.html

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