杜の木漏れ日

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街路樹展、いよいよ千秋楽

今月8日から開催中の街路樹景観写真展も、いよいよ明日を持って終了となります。

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今回は、新聞や市県関係のブログなどでも多数ご紹介いただきました。
この5年間の活動が認められてきたことと、街の木に対しての関心が高まってきていることを感じ、とても嬉しく思っています。

ということで今日は、明日が御用納めということで、能代市役所と山本地域振興局を訪問、今回ご紹介いただいた新聞やブログ記事を見ていただきながら、今展示の報告をさせていただきました。
この資料は各庁内への回覧をお願いしていますが、最終日にはぜひ、市長さんや局長さんにも見ていただけたらと思います。

それでは明日もう一日、よろしくお願いいたします。

Comments 4

紅の葉  

ツガワさんへ

ツガワさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
私も20代の頃東京におりましたが、街路でブツ切りにされている木を見ても、自分たちが普段の庭仕事でやっている剪定とは違うな、と思う程度でした。その頃は公共と個人の仕事の仕組みの違いなどもわかりませんでしたし、東京には修行で来ているという意識でしたから、住民票はあっても、ここが自分のふるさとだという意識は無かったように思います。今、うちには東京から来ている若者がいますが、あの頃の自分と同年代ながら、修業先のこの地で仲間をつくり、街路樹の啓発活動を自主的にやっています。そんな姿を見ると、私が街の緑のことを意識したのは30代後半でしたから、彼らはもしかしたら凄いことをしているのかもしれないなと思って見ています。
日本全国の街路樹が今悲惨な姿になっていますが、この現状を招いたのは管理者である行政だけの責任ではなく、行政に発言してこなかった我々業界の責任も大きいと思います。私は、この活動を始める以前にも街路樹の剪定に携わったことがあり、その都度「透かし」でやってきましたが、役所の受注システムや人事異動の関係などで、次の剪定ではまたブツ切りに戻るという繰り返しで、とても空しい思いをしてきました。この頃は無言実行が職人の美徳と考えていた私ですが、このような役所の体制を考えると、なぜ「透かし」なのかを行政側にきちんと話すことをしてこなかった自分にも責任があると痛感、一植木屋として何かしなければ、何ができるのかと思ったことが、行動を起こしたきっかけです。このような情けない私と比べ、若い人たちの自発的な活動はとても純粋で尊いものですから、彼らに恥じないことをやっていかなければならないと思う今日この頃です。

>ランドスケープ
奥多摩の玉堂記念館の庭など、私は庭に外の景色を取り込む借景の手法が好きで、状況が許す所ではできる限りこのやり方を取り入れてきました。そんな中で、取り込むということは内と外を繋げるということであることに気付き、一個人の庭づくりの中でも、庭と街、山を繋いでいくという意識で作庭ができたら素晴らしいなと思うようになりました。庭の少ない街中では街路樹や公園が市民の庭なのではないかと思いますが、身近な1本の街の木から里山へ白神山地へと繋いでいく視点で景観づくりができていけばいいなと思っています。
今春、イギリスに滞在経験のある方の講演を聴きに行った際、「イギリスでは植木屋さんのことを何と言いますか?」と質問したところ、「ランドスケープアーキテクト」という答えが返ってきて驚きました。イギリスではなんと、この言葉が一般的に使われているのだそうです。
そんなランドスケープを冠するツガワさんの屋号、とても素敵だと思います。ツガワさんのご活躍がランドスケープの意識を広めることにもなるのですから、大変意義のある屋号ですね。しかもそれを、スーツではなく半纏姿で広めていくというところに庭師の心意気を感じます。
年の締めくくりに素晴らしい方と出会えたことをとても嬉しく思っています。これをご縁に、どうぞよろしくお願いいたします。

2010/12/30 (Thu) 07:14 | EDIT | REPLY |   

ツガワ  

いち植木屋として

私は以前は庭の木と街路樹は全く別の考え方だという認識でした。
独立してから庭造りイコール街造り、環境や景色を造るということを特に意識するようになり、街の緑に対する見方、考え方が変わってきました。

ランドスケープという屋号はそういう思いでつけてみました。
なかなか一般の方には受け入れられないのが悩みです…

2010/12/29 (Wed) 22:24 | EDIT | REPLY |   

紅の葉  

鈴ちゃんへ

そうでした。鈴ちゃんとのご縁の始まりは街路樹でしたね。
能代では、庭の木が好きだという声はよく耳にしますが、街の木が好きだという声を聞いたのは鈴ちゃんが初めてでした。街路樹への苦情しか聞こえてこなかった能代の街で、何とも変わった人も居るものだなぁと(笑)、とてもありがたく思ったことを覚えています^^。1人いれば100人はいる。100人いれば1万人はいる。と、希望を持てた瞬間でしたね。

>『街路樹はあって当たり前』
鈴ちゃんは、街路樹が好きと公言するようなとても変わった人ですが(笑)、木の恩恵に感謝できるとても当たり前の心を持った人だなと思います。木が生き物だなんて、誰でもわかる当たり前のことを声を大にして話している私など、変人を越えて大バカ者かもしれません(笑)。今の世の中は当たり前のことを言うと変わった人と思われる不思議な世の中ですが、緑を愛する変人が増えればいつかそれが当たり前になる。そんな当たり前の世の中になるよう、もうちょっと頑張りたいと思います。
今後とも、応援よろしくお願いいたします^^。

2010/12/28 (Tue) 08:04 | EDIT | REPLY |   

鈴ちゃん  

2010年、お疲れ様でした。

今回の展示会で、『街路樹』について考えを新たにさせられた方も多かったのではないかと思います。

昨年、秋の私のブログで、黄葉したイチョウに感動した記事を載せたときに、紅の葉さんに感謝された事を思い出します。

『街路樹はあって当たり前』という意識でしたし、ぶつ切りされてる木々を見ても『仕方ないかな』程度の認識でした。紅の葉さんのいろいろな活動を見せてもらう中で、私自身、街路樹に対する思いが大きく変わったとおもいます。

能代市の街路樹も、豊かに美しい景観となるように、お役に立てていけたらと願っています。
樹木も生物、と言う意識が育ってほしいですね。
最近、街路樹が電線と仲良くしている光景を見ると嬉しくなります^^

2010/12/27 (Mon) 23:32 | EDIT | REPLY |   

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