杜の木漏れ日

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ヒポクラテスを探して

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今は閉校になった、母校富根小学校のブラタナス。
私が六年生の時に完成した校舎なので、在校時にはこの木はまだありませんでした。
隣の松は手が入らなくて樹形を乱していますが、ブラタナスは人の手が入らないことで伸び伸びと枝を伸ばし、木の存在感を誇っています。

ブラタナスという名前はギリシャ語の「プラティス(広い)」から来ているそうですが、広い場所で枝を広く張らせてあげれば、この木もこの木らしさを活かせて幸せなのではないかと、この母校のフラタナスを見てあらためて思いました。

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ここから能代市街に向かう途中、パイパス沿いに大きなフラタナスを見つけました。
さきほどの富根小学校の木とは少し違い、太い枝が二股に分かれていますが、
枝張りの広い、堂々たる姿を誇っています。

隣にはもっと大きなメタセコイヤもありますが、なぜこの木たちはこの山の岸に植えられたのでしょう。
脇を見ると開校100年と刻まれた石碑がありました。
この山の上には朴瀬小学校がありますが、昔はここが小学校で、この辺りが校庭だったのかもしれませんね。

ここは道路際ですが、背後の山と同化しているせいか、一度通り過ぎてしまいました。
鈴ちゃんお勧めのヒポクラテス、この木でよろしいですか^^

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さて今度は、峰浜の公園の列植です。
この並木が街なかにあり、道路を挟んで両側にあると想像してみてください。
こんな景観が、街路樹としてのブラタナスの理想形です。

植栽設計の時にこの状態を想定し、道路や歩道の幅、建物や電線等の街路の条件に、この木が成長した状態が合うのかどうかを考えなければならないのです。
しかし、すでに植えられてしまい、木が大きくなってしまっている時はどうしたらいいのか、それが今の能代の課題としてあります。

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畠町です。
大きくなったからといって木をこんな姿にするのでは可哀想ですね。
電線や車道側は仕方ありませんが、広い歩道や木と木の間には枝を張らせることが出来るのですが、なぜか毎年このような姿になります。
管理者である行政も剪定に携わる業者さんも、街路樹は四方を同じ長さに切り詰めなければならないという固定観念を捨てなければなりません。
厳しい条件の中でも、どうしたらその街路でその木らしさを活かし木陰をつくることができるのか、木と人の暮らしを共生させてあげられるのか、木を植え木を管理する側は一生懸命考えてあげなければならないのです。
それが、自分では動けない木をそこに植えた人間の務めというものです。

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能代に戻り、総合体育館脇の大きなプラタナス。
ここは河畔公園の一角ですが、この木はこの公園のこの場所に2本だけのようです。
隣接する市道の街路樹もブラタナスなので、もしかしたら、元々はこの木たちも街路樹として植えられたものなのかもしれませんね。

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ちょっと離れてみます。
街路樹と公園の木は同じ樹種でほんの数mしか離れていませんが、同じ部署でも管理する課は違います。
この二つのプラタナスの樹形や大きさの違いは、庁内に緑化に関する共通認識が無いことや連携体制が薄いことを現しています。
能代の緑化が公園都市構想の元に植えられたのだとしたら、街路樹も公園も一元管理して、統一感のある街並みにしてほしいものです。

木を見て森を見ず。
街路樹を見て公園を見ず。
街路と公園を見て街を見ず。
街を見て山を見ず。
街並みの景観は、街路樹だ公園だと分けずに、連続する景観として見ることが大切です。
そしてその景観は里山へ白神山地へと繋がっていくのです。

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もう一度、大館のヒポクラテスの木です。
ヒポクラテスはこの木の下で弟子たちに医学を説いたそうですが、あの哲学者プラトンもまた、アカデミー(現在の大学の元)内のブラタナスの下で講義を行ったのだそうです。
ブラタナスの花言葉は「天才」だそうですが、これはプラトンから来ているという説もあるようです。
どうしたら街中にブラタナスをブラタナスらしく活かせるのか、今、能代にも緑の哲学者の登場が待たれます。

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最後に、峰浜に向かう途中で見つけた畑の柿の木です。
見事な樹形に思わず車を止めました。
この木姿にはなんとも言えない落ち着きと懐かしさを感じますが、これも、柿の木が柿の木らしい自然な姿をしているからです。

背景には里山の杉林があり、その後ろには白神山地がそびえます。
こんな景色を見ると、緑は繋がっていることがわかりますね。
この景色はもはや景観を超えて風景として馴染んでいます。
街なかの公園や街路樹も、そうあってほしいものです。

Comments 4

紅の葉  

杉松さんへ

今月、4年に一度の神宮外苑の街路樹剪定が行われたと聞きましたが、能代の街でも街路樹の冬期剪定が始まったようですね。
この剪定は通常の剪定業務とは違い、これまで強剪定され続けて傷んだ木の再生を目的として行われているものですが、昨秋は大掛かりな電線支障の剪定が行われましたので、剪定作業に従事されている皆さんも随分とご苦労されているのではないでしょうか。
剪定のことを「手入れ」と言いますが、強く切られた木に対しては手入れよりも「手当て」が必要で、木を療養させるということが大事です。強く切られた木に対してまた強く切るのでは駄目押しとなってしまいますので、電線支障によって不適切に切られた枝を樹皮が早期再生できるような角度に切り戻してあげるぐらいにとどめて、なるべく木を休ませてあげたいところです。
剪定を覚えたての頃などは木を切りたくてどうしようもないものですが、木を切りたい、木をつくりたいという気持ちを抑える勇気もまた技術のうちで、第一番に考えなければならないのは、その木の健康状態に合わせ、木自身の再生力を補助してあげるということでしょうか。手入れとは心を入れることと言われますが、優しさや慈しみ,愛しさを持って木に接すれば、技術は「技」に昇華するのではないかと思っています。
この剪定業務には、今後の能代の街路樹剪定を行うために必要な剪定仕様書を作成するという重要な目的と、技術者の皆さんの技術向上も含まれているようです。街中を歩くと同じ街路の同じ樹種でもいろんな樹形があることに気付くと思いますが、様々な試行錯誤の中で、どんな形や大きさがこの街路に適しているのかを模索されているのだと思います。
能代の植木屋さんたちは、ブツ切りされていた時と同じ予算で頑張られています。今度街歩きをされる時は、声を掛けてあげてください^^。

2011/02/21 (Mon) 08:56 | EDIT | REPLY |   

杉松  

街路樹の剪定が

能代市の街路樹の剪定が始まったようですね。浜通町でみました

2011/02/20 (Sun) 18:58 | EDIT | REPLY |   

紅の葉  

鈴ちゃんへ

鈴ちゃんのヒポクラテスの木、正解で何よりです(笑)。
それにしても、よくこんな場所を見つけられましたね。私は坂の上の小学校の奥の田んぼまで行ってしまいました。道路際なので、確かに写真は撮りづらいです。車を止めてカメラを構えると不審者に思われそうです(笑)。
>樹は黙って、モノを言わず立ってくれてる
「百花春至為誰開」ですね。木は美しい花や葉の彩りを見せてくれますが、いつも何も言わず、ただ黙って私たちに無償の恩恵を与えてくれます。そんな有りがたい木を、人間の都合でただブツブツと切ってしまう人間。私たちはそんな、話すことのできない木の声に耳を傾け、どうしたら共生できるかを一生懸命考えてあげなければなりませんね。

柿の木は、東能代から八森に向かう道を田中方面に左折、農協の倉庫を少し行ったところにありました。なんともホッとする美しい光景です。開拓の辺りでは結構こんな所を見かけますね。こんな景色を見ると「日本の風景」という感じがしていいです。

畠町はどうなのでしょうね。まずは管理者と住民、街並みを考える人たちで話し合う機会が必要なのでは。枝を伸ばしてトンネルをつくるにしても、虫害をどうするか、落ち葉をどうするか、そんなことも含めてこの通りをどうしていくかの話し合いの場が持たれるべきです。もしかしたらここに街路樹は要らないとなるかもしれませんが、それはそれで仕方のないことかもしれません。
能代のイチョウは大火の対策で植えられましたが、畠町にはなぜプラタナスが植えられたのでしょうね。なぜ植えたのかの元を知れば、もっと大切にするかも知れません。どなたかご存知の方おられるでしょうか。

参考までに、こちらは東京の田園調布のイチョウ並木ですが、http://rekishi-roman.jp/icyou/page-61.html この並木は美しい田園都市をつくるという目的の元、町内会との協議で管理されています。こちらの町内会ではこの並木を街の誇りやシンボルとして考えているようです。能代ではまず、街路樹に対してそんな意識を持ってもらうことが先決かもしれません。
ちなみに、ここはそれほど広くない街路に、イチョウは円錐形という固定概念を覆し、車道に思い切り枝を伸ばして緑のトンネルをつくっています。写真ではわかりづらいのですが、歩道側は住宅が接近していることから車道に比べて極端に枝が短くなっています。隣地の支障で歩道側に枝を伸ばせない分、車道や木と木の間など、伸ばせるほうには伸ばせるだけ伸ばしているのです。一度に四方を短く切られると木に負荷が掛かって樹体に異変を起こしますが、支障とならない方の枝葉を確保してあげることで、木への負担を軽くしてあげるということもできるので、能代でもぜひ参考にしていただきたい樹形ですね。

自然樹形のプラタナスの並木は北海道の旭川にあります。神楽岡ロマンティック街道というそうです。私はまだ行ったこと無いのですが、写真で見るだけでもその素晴らしさが伝わってきます。こちらに、その並木を紹介している所がありました。プラタナスの緑のトンネルを見たのは私も初めてです。本当に、海外の街路樹を見るようです。http://blog.goo.ne.jp/green-tea1234/e/3e4e82e8b5cc8786fe6eb2c09ad37620

2011/02/19 (Sat) 09:58 | EDIT | REPLY |   

鈴ちゃん  

良いお話、有難うございます。

一連のお話、大変興味ふかく、納得して拝読いたしました。

私が、いつも感心するプラタナスはこの樹です。
(ご苦労様でした。)
県道沿いにあるので、自然にそこに自生したものなのか?と不思議に思っていましたが、その昔、学校の敷地のものだったのですね。どうあれ、樹は黙って、モノを言わず立ってくれてるのですね。

いつも通る、能代大橋の交差点のプラタナス。
たくさんの実が鈴なりで見事です。

白神がバックの柿は、まさか開拓でしょうか。
私も、いつもここを通り訪問先へ向かいます。

そして畠町の街路樹。
これはもう『樹』とは言い難いですね。
いつか、畠町も、豊かな緑のトンネルになる日を夢見ています。夢見るのではなく、もう実現に動く時ですね。

2011/02/18 (Fri) 22:12 | EDIT | REPLY |   

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