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街の緑1(勉強及び視察)

人に人格あり、木に木格あり。

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日曜の地元紙の投稿欄に「畠町通りの無残な街路樹の姿なぜ?」という記事を見つけました。
畠町通り(能代市内の県道)を散歩中、道沿いの街路樹がバッサリと切られていた様に驚き、なぜそこまで切るのか、なぜ木陰が一番必要な暑い時に切らなければならないのか、理由を教えてほしいということでした。
一般の方は、何かを感じても心の中にしまうか家族や知人に話して終わりではないかと思いますが、投稿という行動に出られるなんて、よほどこの出来事が心に残ったのではないかと思います。
 
IMGP05.jpg
                 真夏に冬景色と化した畠町通り

気になって、仕事帰りにこの通りに寄って見ると、街は変わり果てた姿になっていました。
現状は私の予想をはるかに超えていて、本当に驚きました。
この通りでは、毎年夏祭りの前に剪定が行われていたようですが、これまでこのプラタナスは小枝を残すような手入れが行われていたように記憶しています。
来月、この通りでは、全国各地の祭りを集めた「おなごりフェステバル」が盛大に開催される予定です。http://www.shirakami.or.jp/~onagori/
この祭りでは20万の観客が予想されるということ、夏に冬の姿をしたこの街路樹たちは、それだけの人々の目にさらされることになります。

真夏に木が葉を落としているのは異常です。
台風でも来なければ、この季節に木がこんな状態になることはありません。
それが人の手で行われていること、行政の手で行われていることをもっと問題視しなければなりません。

夏、樹木の根は地中の水分を吸い上げ、葉から蒸散するという活動をしていますが、この時、周りの気温も下げてくれます。
樹木の葉は、日差しをさえぎり木陰を作ってくれるとともに、周辺の気温も冷却してくれるという天然のクーラーの役目もしてくれるのですが、この街路樹たちは今、そんな樹木の効果を発揮できない姿になっているのです。
春に出た芽はようやく大人の葉になり、今盛んに光合成を行って来春芽吹くための養分を作っていますが、全ての葉を無くした木々は、これから出て来る葉でどれほどの養分を蓄えられるでしょう。
秋の落葉までは、もう2ヶ月しかありません。
(木の生理については、5月28日の記事でも触れていますhttp://konohanoniwa.blog61.fc2.com/blog-entry-12.html
発注者は、自らの手で地球温暖化に貢献し、税金を使って植えた木を税金を使って傷つけ、街の景観を壊すばかりではなく、人の心の安らぎを奪っているということを認識するべきです。


この暑い盛りに街が冬景色になっているわけですから、この光景を見られた方々にはかなりのインパクトがあったことでしょう。
この地元紙には私も何度か街路樹のことで寄稿したりhttp://www.shirakami.or.jp/~niwaya/essay-05.htm
街に木を木らしい姿で存在させたいという我々の活動を記事にしていただいたりもしていました http://www.shirakami.or.jp/~niwaya/niwa-kai-08-0312.htm
でも、「落葉が迷惑」とか「ぶった切ってくれ!」と言う声が圧倒的に多い中、紙上で市民の方からこんな声を聞いたのは初めてで、能代にも心のある人がいることを知れたのは本当に嬉しいことでした。
まさに、闇の中に一筋の光明を見たようです。

こんなことが、いい方向に変われる動きに繋がっていってほしい。
こんな声が高まれば、役所の意識も変わり、街の景色も変わります。
市内の街路樹はその道路によって管轄が違いますが、管理者同士の話し合いの場はほとんど無いそうで、そんなことが統一性の無い管理が行われてしまう原因になっています。
これが、市、県、国、市民が一緒に緑の街づくりを考える切っ掛けになってほしい。
それでなければ、こんな姿にされた木も浮かばれません。

P3160303.jpg
             今冬見かけた市道のプラタナス(能代市日吉町)

以前、市の担当課にぶつ切り剪定の再考を話しに行った時、「市の街路樹は『枝打ち』だ。」と言われて驚いたことがありました。
今回のやり方も、木の生理を無視した「枝打ち」です。
枝打ちは、杉など、良質の用材を作るために行われる手入れですが、街路樹は「材」ではありません。
杉は常緑針葉樹ですが、プラタナスは落葉広葉樹。木の生理も成長も全く違います。
木の生理が違えば手を入れる時期や方法も変わるのが当然です。
いくら能代が秋田杉の産地でも、今、落葉樹にこのやり方をする必要は全くありません。
いや、枝打ちは芯を止めずに上部の枝はそのまま残しますから、街路樹は枝打ちでいいのかもしれません。
どうせやるなら、本来の枝打ちをしてほしいものです。
道路通行の支障となる下枝だけを払う剪定をしていれば、枝張りは残り、木に掛かる負荷も少なく、真夏の木陰も確保できますから。
巣鴨街路樹
               せめてこのぐらいの小枝は残したい(東京都・巣鴨)

でも発注者側にも、こうせざるおえない事情もあるのではないかと思います。
知識も技術もある職員がいても、知識や技術は無くても心のある方がいても、それが出来ない状況もあるのではないかと察しています。
木がこんな姿になってしまう原因は何なのか、なにが役所をこうさせるのか、どこをどうすれば当たり前のことができるようになるのか、それを解明しないと、この問題は解決しないのではないかと思います。
これは社会問題です。
地元のメディアや議会も、もっと危機感を持ち、そろそろ真剣にこの問題を考えないと、今に街の緑は壊滅してしまうでしょう。


木が木では無くなっている状態はなにも能代に限ったことではなく、全国各地で起こっていることです。
庭園専門誌「庭」(建築資料研究社)ではそんな惨状を憂い、「街路樹が泣いている」という特集を組んでいますが、181号の編集後記に「人に人格あり、木に木格あり。」ということが書いてあって、その言葉が今でも心に残っています。
(参照http://konohanoniwa.blog61.fc2.com/blog-entry-3.html

能代は「木都」と呼ばれるほどの木材産業の街。
木材生産から加工、建築まで、木を活かすことにかけては日本一の技と心を持つ街だと自負しています。
木を活かすということは「木格」を尊重するということ。
街の木々にも木格があります。
また、人には人権というものがあり、それを犯すと人権侵害になります。
木にも、木権というものがあるのではないでしょうか。
市道、県道、国道ともにぶつ切りが横行する現在、市内の街路樹は今、木権を犯された状態ともいえます。
我々人間は、樹木の無償の恩恵の中で生かされていることを自覚し、日々自然に感謝する気持ちを忘れてはなりません。
木材となった木と同じように、生きている木の木格や木権も尊重されるような街づくりが出来たら素晴らしいですね。
この投稿記事を読み、そんなことを思った私です。

IMGP1980.jpg
    木格と木権を尊重した風格ある街路樹(国道101号 能代市ケヤキ公園)

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4 Comments

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紅の葉  

2008-08-23 09:59

しんぼうさん
難問は少ない方がいいですね。
難問が何問もあると疲れますから(笑)。
以前、NHKの朝ドラで「若葉ちゃん」という植木屋さんがいましたね。
しんぼうさんのお話を聞いて、よく依頼主と隣人とのトラブルに巻き込まれながらも、見事に解決していたのを思い出しました。
こんな時、若葉ちゃんだったらどうするだろう?なんて、時々、紅の葉ちゃんも考えたりします(笑)。

何事も、「おかげさま」と「おたがいさま」の気持ちが大切と思いながらも、現実にそんな場面に直面すると、なかなか難しいですね。
植木屋の仕事は、木と木の間、人と木の間に入って悩むのが仕事だと思っていますが、時には人と人の間に入らなければならないこともあり、それが一番大変です。
苦情に対抗しようとするとお互い感情的になります。
どんな理不尽な話でも、相手の気持ちや立場を思いやり、穏やかに対処することが大切だといつも自分に言い聞かせてますが、これがまた難しくて困っています(笑)。
苦情を言う人、苦情を受けて仕事を出す役所ばかりが悪いというわけでもありませんし、ボタンの掛け違いや知識が無いことで起こる誤解もありますから、そんなことの間に入って通訳できるのが、我々植木屋ということになりますね。
なぜ役所はこんな仕事を発注しなければならないのか、植木屋として、市民として、県民としてなにか出来ることはないのか、難問解決のために、できるところで協力してあげたいという思いです。

仙台には、故郷の緑を守るために戦う「植樹ウーマン コノハ」という女の子がいるそうです。
秋田の「紅の葉(このは)」も頑張りたいと思います(笑)。

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紅の葉  

2008-08-23 09:48

Tomさん
こんにちは。
こんな夏期剪定を見たのは初めてですが、これは夏期も冬期も関係ないようなやり方をしているようです。
木の生理や時期を無視しているというよりも、発注者も施工者も、木の都合を知らないのかもしれません。
このような最低の仕事を見る度、役所が業者に求める造園の国家資格には何の意味があるのだろうと思ってしまいますね。
公共の場合、特に街路樹などの道路植栽の管理は、造園の資格は必要でも造園の技術は必要とされていないようなので「造園業者=植木屋さん」ではない部分もあります。

さすがの秋田でも、個人の庭の手入れでこんなことをする植木屋さんはいません。
雑木を刈り込む植木屋さんはいても、移植でもない限り、夏に全ての枝葉を切り取る人はいませんから。
こんなことをしたら、もう出入り禁止になっちゃいますね。

最近、「国民が騒ぐから・・・」と言った大臣がいたそうですが、市民が騒ぐから伐採のような管理をするというのではあまりにもお粗末です。
でも、「こんなことをしたらダメだ!」と騒ぐ(失礼)市民の方はこれまでいなかったので、これを切っ掛けに、いい意味で大騒ぎになればと思います(笑)。

秋田のキャッチフレーズは「美の国秋田」です。
自然ばかりでなく、街並みも美しい秋田であってほしいと思うこの頃です。

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しんぼう  

2008-08-22 22:42

十年前につくった庭がいい雑木林になりました。
が、隣人と落ち葉の件でぎくしゃくしているようです。
飛んでいった落ち葉が雨どいに溜まり、業者に見てもらったら本格的に足場を組んで掃除しなきゃだめですね・・・と言われたそうです・・・
とりあえず、屋根に上がらせてもらえればうちでやりますよ、と話しておきましたが・・・難問がいろいろある今日この頃です

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Tom  

2008-08-22 10:02

こちら京都でも国道のプラタナスの夏期剪定が行われています。
しかしながら・・・・・・・こんな剪定ではないです。
夏期は透かしです。
造園業者の手による剪定なのですか?
行政側の剪定についての指導は・・・・・・・どうなってるんですかね??
本当に”枝打ち”で良いと思っているのでしょうか。

街路樹については、落ち葉の時期にが一番苦情が多いと聞いてます。
賛否両論あるのは仕方の無い事ですが、同じ公共のお金を使うのであれば、街路樹の景観も街の一部として考える事が出来ないのでしょうか?

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