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街の緑2(緑の提案と啓蒙:地元紙・専門誌掲載記事)

街路樹観察日記 ―緑の防災効果と樹木の生理を考えるー 下

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本日付の北羽新報文化欄に「街路樹観察日記」の下が掲載されました。
以下に原文をご紹介いたします。

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街路樹観察日記 ―緑の防災効果と樹木の生理を考えるー 下

昨冬、畠町のプラタナスの葉は12月まで青いままでした。
他の木はすでに落葉している時期、このプラタナスたちは来年の芽出しの養分を作るために、日ごとに弱まる日光を受けようと必死に戦っていたのです。
この木たちの葉は、まもなく寒風に触れ、黄葉することなく枯れていきました。
わずかに出した葉で、いったいどれほどの養分を作れたことでしょう。今年も芽を出せたことは奇跡的です。

12月になっても活動するプラタナス(畠町)
12月になっても活動するプラタナス


「木の生理に配慮する」ということは、木を「生き物」として捉え、木に当たり前の生命活動を行わせてあげるということです。
知識も技術も無いままに、木に異変を起こさせるような剪定はやるべきではないのです。

剪定の「剪」は「刀」に「前」と書きますが、刀は凶器にもなりますから、剪定する人間に刀(鋏)を持つ腕前や心構えが備わり、木の「定」(生理)」を知って初めて鋏を手にすることができるということです。
心構えとは「心が前」にあるということで、技術の前に木を愛する心がなければなりません。
木陰が有難い真夏に木を丸坊主にするのは、日本中探しても能代ぐらいのもの。
落葉樹の夏期剪定の基本は「軽く」が、樹木剪定の鉄則です。


新緑の頃に行われたイチョウの強剪定は健全木に対してでしたが、今回、幹吹を剪定した市道のイチョウは強剪定からまだ立ち直っていない木です。
剪定は「手入れ」とも言われますが、強剪定された木に必要なのは手入れではなく「手当」や「リハビリ」です。
枝を切ることは木にとっての手術ですから、木も人と同じく、術後は十分な静養とリハビリが必要になります。


以前に強剪定された市立図書館のプラタナスは、今とてもいい状態になってきています。
この木は3年の放任期間を経て、枯枝取りや軽い枝抜きが行われました。
木を再生させるのは、人ではなく木自身の力です。
あえて手を入れずに木の再生力を信じ、必要に応じて最低限の補助をしてあげること、これが、木の生理に配慮した樹木再生のあり方であることを、この木が身を持って示してくれています。

短く切り詰められたプラタナス(市立図書館前)  数年間の療養期間を経て再生したプラタナス(市立図書館前)
短く切り詰められたプラタナス    →   数年間の療養期間を経て再生したプラタナス

前述の市道の幹吹剪定は苦情による措置だったそうですが、街路樹への苦情が出るということは、裏を返せば街の緑の役割が市民に浸透していないということで、市民への啓発が不足しているということです。
当地には「木は伸びたら切る」、「丸く形作らなければいけない」、「屋根より高くしてはならない」という風潮があり、そのような誤解が街路樹にも向けられていることがありますが、街路樹の役割や能代の木が療養中の「リハビリ木」であることを正しく伝えれば、理解していただける市民は多いと思います。
苦情をそのまま受け入れ、苦情のある家の前だけを剪定していくというやり方は、木の生理だけではなく街なかの景観バランスも崩していきますので、予算の厳しい中でも、計画的な管理を行っていけるよう努めたいところです。

枝の裂けない切り方は木に対する礼儀。木を傷めない適正な剪定位置や角度を学ぶことが大切。

今回の剪定では太い枝も切られ、切り口の樹皮が裂けている個所もありました。
話を聞くと、作業員が支障枝を剪定した後で業者に直してもらうとのこと、いくら上手な業者でも、はがれた樹皮を元に戻すことは不可能です。
このような事態を防ぐには、作業前に見本剪定を行い剪定仕様の確認を行うこと、業者の指導を受けながら一緒に作業を行うこと 、役所担当者も現場に立ち会って一緒に学ぶということが大切です。

作業前の仕様確認は、業者発注の剪定業務では当然、役所担当者立ち会いの元に行われていると思いますが、雇用対策により未経験者に作業を行わせる時などには必ず実施しなければならないことです。
昨夏の花園町のトウカエデ(市道)や畠町のプラタナス(県道)、昨秋の電線支障剪定などで行われた強剪定は、樹木管理に関する市県の理解の浅さと、作業前の事前確認が不足していたことが大きな原因としてあります。
市は今年から街路ごとの剪定仕様書の策定に入るとのことですが、いくら素晴らしい仕様書ができ業者の腕が上がっても、管理者側の監督体制が整っていなければ木は良くならないのです。


今年は風の松原の植樹から300年目の年。
防風防砂のために植えられた松林も、市民に愛される能代の景観となっています。
この震災の年、私たちは、防火のために植えられた街の木の存在にも目を向けなければなりません。
風の松原と共に、緑豊かな能代の景観を育んでいくためにも、身近な街の木たちにも愛情を注いでいきましょう。

二ツ井町 緑の景観を考える会 福岡 徹

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以上、長文ご精読ありがとうございました。

今回は、かなり意見性の強い書き方をしましたが、文化欄に掲載いただいたことに感謝しています。
私の経験やこれまで得た情報を元に書いたものですが、浅学ゆえに、私見の域を出ない部分もあるかと思います。
まだまだ勉強中ですので、剪定技術や監理法、景観、市民啓発等、先進的な事例や取り組みをご存知の方は、ぜひご教示ください。
皆さまからのご意見ご感想をお待ちしております。
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