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三内丸山遺跡

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お盆休み、西津軽までお墓参りに出掛けた足で、青森市にある三内丸山遺跡まで行ってきました。

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三内丸山遺跡は4000年以上前の縄文時代の史跡ですが、20年ほど前に一度訪れたことがあります。
以前は復元された建物だけだったような気がしますが、いつのまにか近代的な博物館となっていて驚きました。

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この遺跡の代名詞ともいえる櫓。
何のために建てられたものなのか、その目的はまだ解明されていないそうです。

小4の長女は150㎝以上ありますが、その7倍以上はありますね。
櫓の柱には周囲の山に生えていた栗が使われていたそうですが、縄文人は栗の木が腐りにくいということを知っていたのですね。

ちなみに、復元された櫓の柱はシベリア産です。

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復元された建物の数々。
栗の柱の中には直径1m近い物もあったそうですが、ノコギリが発明されたのは室町時代、鉄器のなかったこの時代に、どうやって大きな木を切り倒し、木組みしていったのでしょうか?

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答えはコレでした。
資料館に石斧を使う縄文人がいました。

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この方の彼女でしょうか(笑)。

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資料館にある、縄文時代の広域ネットワークのパネルです。
三内丸山遺跡は北日本の中心的な存在だったようで、東北や北海道などから様々な資源が集まってきていました。

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秋田県からは天然アスファルトなどが供給されていたようで、パネルには「不動沢」という産地名が大きく紹介されていました。

え、不動沢?天然アスファルト?
もしかしてこの繋がりは!
ということで、長女とともに学芸員の方に「不動沢」の詳しい所在地を訊くと、

「不動沢は能代市の二ツ井町という所です。」。

おお!では二ツ井のどのあたりになりますか?

「駒形という所になります。」

やったぁー、ばんざぁーい!

ということで、このパネルの不動沢は、私の住む駒形地区にある一地名でした。
凄いぞ駒形!やるじゃないか駒形!

ということで、昨年受講した烏野遺跡セミナーで知った、「駒形は北東北の天然アスファルトの供給基地」ということを、遠く青森の地であらためて知ることになったのでした。

それにしても、二ツ井町の人でも知らない「不動沢」という地名が、三内丸山遺跡で紹介されていたことに驚きです。

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最後に、印象に残ったものをひとつ、駐車場のトイレです。

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トイレの壁。
小砂利の洗い出し仕上げに縄文模様が施され、所々に土器をあしらっています。

そして、トイレのドアを開けると、青森ヒバの香りが。
思わず、匂いを嗅ぎたくなる?トイレです。
このトイレには、トイレの神様ならぬ、縄文の神々が住んでいるのかもしれませんね^^。

ということで、遺跡見学のレポート終了です。
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