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庭の会

人はなぜ、庭をつくるのか

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今週末に予定していた産業フェアの庭の解体ですが、台風襲来の予報により、本日撤収してきました。
イベントの庭は解体されるのが運命ですが、思いを持ってつくった庭だけに、壊すとなると淋しいものです。

IMGP2591.jpg

名残の庭です。
解体前に、万感の思いを込めて、この庭を目に焼き付けました。

IMGP2634.jpg

解体後、何事もなかったように、元の階段に戻りました。
少しづつ運んできた材料でしたが、6坪ほどの庭をつくるのに、軽トラック6台分はあったでしょうか。

この素材たちはここで終わるのではなく、一木一草ならぬ全ての素材たちが、本当の庭づくりで活かされます。
つくる時と同じように、ひとつひとつの素材を手にしながら、感謝の念を込めてしまいました。


「人はなぜ庭をつくるのか」、と言われた庭匠がおりましたが、人はなぜ、壊すと解っている庭をつくるのか。
生き物を扱う仕事をしていて、なぜ、成長しない、一瞬だけの幻の庭をつくるのか。
なぜ、一銭の金にもならない庭に一生懸命になるのか。

最後はやはり、ここにぶつかります。

伐採された木の供養、自身の修練、つくりたい庭の試作、素材の可能性を探ること、庭の啓蒙、植木屋の存在を知ってもらう機会、そして、庭が大好きだから・・・
答えは様々あるけれど、もしかしたら、違う答えがあるのかもしれない。

この庭を見に来てくれた皆さんが、何かを感じてくれたとしたら、それが答えなのかもしれません。

いつか、この庭づくりで得たことが、ご家族のためにつくる庭に必ず活かされます。
そんな時のために、これからも精進していきます。
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2 Comments

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鈴ちゃんへ

紅の葉  

2011-09-01 08:44

鈴ちゃん、いつも庭を丁寧に見てくださってありがとうございます。
工夫したところをほめていただけるととても嬉しいです。

不惑を迎えた頃、自分の庭は、地産の素材で京風の庭をつくっているだけなのではないかと疑問を抱き、もっと自由な感覚で独創性のある庭をつくりたいと、考え方を変えました。
でも自由って、意識するとものすごく不自由で、この頃は飛石一つ打てなくなったという時期もありました。
それでも続けているうちに、そんな意識も消えて、今、こんな感じの庭をつくっています。

かの岡本太郎は「伝統とは創造である」と言われたそうです。
車のCMにも「変わらないもの。変わり続けるもの」というコピーがありましたが、変わらないモノづくりの心を持ち続けながらも、新たなものを創りつづけていきたいと思います。
そんな意味でも、毎年恒例の物が多く、物を売る場となっている感のある産業祭の中で、同じものは絶対つくらない、俺たちは物は売らずに、この日のためにつくったものを見てもらう、という気持ちでやっています。

>空き缶や赤い三角
ここは、私たちの控室兼備品置き場でしたが、確かに邪魔ですね(笑)。
あんまり暑くて、ちょっと油断してしまったようです。
写真も、いらない物が写らないように気を付けて撮らなければなりません。
ということで、写真を差し替えました。
せっかく庭をつくっても、庭にそぐわない物が見えたら興ざめですね。
ご指摘ありがとうございました。

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創造という仕事

鈴ちゃん  

2011-08-31 23:47

紅の葉さんのお仕事というのは、何もないところから何かを造りだすという『創造』だと思います。
何もない、そこの階段の空間に、どんな庭を造るのか。どんな風に造ろうが全くの自由。でも自由だからこそ、難しい。どんな庭が人の心に感動を呼ぶのだろう、、、。
庭を掘ったり、石を運んだり、肉体的にも重労働であり、また、個別的に、そこに合ったお庭を造るという
『創造』という作業ですね。
完成まではとても苦しいことと思いますが、、、、。
毎日のマニュアルに沿った決まりきった作業より私は魅力を感じます。
私は、『水のたまる石』が面白いと感じ、柿の木の枠が、この庭の輪郭を形造り、面白いと思いました。その柿の輪郭を受けた、右手前の、カエデ?の枝の配置がバランス良く感じました。
柿の枠の向こうに見えた、空き缶や、赤い三角が邪魔でした(笑) すみません、いつも勝手なことを言って。

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