杜の木漏れ日

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造園者たる者2

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仕事を終えたその足で二ツ井の落ち葉掃除へ。
もう暗くなっていたけれど、街灯の明かりの下、一人ホウキを動かしてきた。
数カ所ごとに掃いた葉を集め、今日は終わりにする。

街なかで用を足し、何か気になって戻ってくると、暗がりの中、沿道のおかあさんが、さっき自分が掃いていた葉っぱを袋に詰めていた。
車を降りて、また手伝う。
袋がいっぱいになったので今日はここで終わり。

と思ったら、今度は反対側のお父さんが袋を持って出てくる。
そして、今度は3人で片づける。
ここでは、こうやって、誰彼ともなく掃除をはじめ、一人増え二人増え、みんなで掃除をしている。
きっと、ここに木が植えられてから、ずっとこんなふうに続いてきたのだろう。
本当に、ありがたいことだ。

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帰り際、子供の通う小学校の前を通ると、一昨日まで街路樹に付いていたテープが外されていた。
実は、一週間ほど前、管理者の元を訪れ、改善をお願いしていた。
早速対応してくれたことに感謝したい。


行政にモノ申すには勇気が要る。
一人で役所に行くのは、今でも心細い。
道場破りのような、一人でアウェーに乗り込むような、そんな心境だ。
いつも、嫌われることを覚悟で、仕事が来なくなるリスクを背負って、門を叩く。

嫌われたいと思う人はいないし、誰だって仕事が欲しい。
仕事をくれる人を怒らせたくはない。
しかし、誰もやらなければ、誰かがやらなければならない。
誰かが伝えなければ、誰も木や景観の異変には気付かない。

気付いた人が、気づいた時に知らせてあげればいい。
勇気を持って話すことで、街なかの木に目をやる人が増え、気付ける人が一人二人と増えていく。

道場破りだから、いつでも真剣勝負。
心に真剣を持っていく。
真剣にぶつかり、相手も真剣で向かってくるならば、思いが届くこともある。

何もしなければ、何も変わらない。
気付いて動いた10年後と、何もせずに過ごした10年先とでは、街なかの景色は驚くほど違っているはずだ。

庭の木も街の木も山の木も、みな同じ木。
家と街と山は繋がっている。
等しく愛情を注ぎ、慈しみの心で接してあげよう。

これからも、本物の造園者を目指し、進んでいこう。
10年後、少しでも、造園者たる者に近づけていたら嬉しい。

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