杜の木漏れ日

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庭師の初心

先日の地元紙に、「紅一点、庭師目指し奮闘」の見出しがあり、市内で庭師修行を始めた若い女性の記事が掲載されていた。
市外のガーデニング系の造園屋さんなどでは時折若い女性を見かけるが、地元で、しかも現場で植木屋修行をする人は初めて。
能代もいよいよそんな時代になったかと感慨を深めつつ、男女に関わらず、若者がこの世界に入って来てくれることをとても嬉しく思っている。

雪国の植木屋は、冬場、仕事をすることができない。
それを覚悟の上で入ってきてくれるのだから、よほどこの仕事が好きなのだろう。
記事では、いずれ庭の設計も手掛けたいという目標が語られていた。
自らの意志でこの世界に飛び込み、夢を持っていることが素晴らしい。
このような志を抱いて門を叩く若者の存在は、それだけで有り難いと思う。
力仕事が多く、男ばかりの中で仕事をしていくのは大変だと思うが、頑張ってほしい。

嬉しいことがもう一つ。
記事には、「庭師見習い」「庭師の職場」、「庭師の現場」、「庭師の仕事」、「一人前の庭師」など、一つの記事にこれだけの「庭師」という言葉が出てきていた。
日頃、紙面などでこの「庭師」という言葉を目にする機会は稀だ。
たまに出てきても「造園業者」と表記されることがほとんどだから、地元では、庭師という名称への理解が低いように感じていた。
庭師への理解が低いということは緑そのものへの関心が低いということにも繋がり、このような意識が、能代の街路樹をブツ切りにさせてしまったようにも感じている。
メディアなどにも、植木屋を庭師と呼ぶ感覚や習慣が無かったということは、それだけ緑や庭が文化として認知されていなかったということで、地元にそのような土壌が無かったということかもしれない。

しかし、庭師に対する世間の理解が浅いことには、我々の側にも大きな責任がある。
我々は、庭師と呼ばれるにふさわしい文化的創造的な仕事をしているか。
若者が夢を持って入って来れるような仕事をしているか。
自分の仕事に夢や誇り、志を持っているか。
「師」と呼ばれるにふさわしい人格を備えているか。
この記事は、あらためてこんなことを自戒させてくれた。

彼女の存在やこの記事は、庭師や庭の世界を広く世間に伝えるばかりでなく、地元の緑への理解が深まる契機になるかもしれない。
また、同じ道を歩む若い世代への刺激にもなるだろう。
そしてそれは、我々親方衆にとっても同じ。
若い志から教えられることはたくさんある。
庭師を志した初心を忘れず、彼らの見本になれるよう頑張ろう。

Comments 4

紅葉  

鈴ちゃんへ

鈴ちゃん、試験勉強お疲れさまです!
我々は庭をつくる職人なので、菓子屋さんが菓子職人、建具屋さんが建具職人と紹介されるように、せめて庭職人と呼んでもらえたら嬉しいですね(^_^)。
造園の仕事は、資格など無くても営業できる分、常に責任感と向上心を持って臨まなければならないと感じています。
公共工事に参入するには資格が必要ですが、街路樹などをブツ切りにしているのも、国の造園資格を持つ業者です。また、業者を管理する行政職員にもこの資格を持つ人はいますが、そのような方々がいても能代の街路樹はブツ切りになったことからもわかるように、この仕事においては、資格など全く役に立たないと思っています。
もし試験をするとしたら、この仕事に対する志や緑への思い、心構えなどを作文にして書かせたほうがいいと思っています。そんな試験があるのなら受けてもいいかな(^_^)。

2012/10/17 (Wed) 17:59 | EDIT | REPLY |   

鈴ちゃん  

有難うございました。

今、私は『介護支援専門員』の試験に向かい勉強中ですが、要介護の人間を支えて行くための、『介護保険法』の知識とか、『保健、医療』に関する知識、または、種々の『福祉サービス』についての『知識』が問われるんですね。看護師、保健師も同じです。でも、『庭師』と言う職業にはそういう試験が無いんですよね。また『試験』が7割、8割とったから『合格』と言うことでもないんですね。言って見れば、『お客様がどのくらい満足されたか!?』と言うことなんですね。これほど難しいことも無いですね。
人には、『好み』と言うものが有って、モーツァルト、バッハもどちらも大音楽家ですが、人によっては好みが違いますね。声楽のにしても、『あの人の声は好きだけど、こっちの声はちょっと、、、』と言うにも有りますよね。
『庭師』と呼ばれる『基準』ってなんとも難しいですね、、、、。

オペラが、音楽、演劇などの総合芸術、と言われるように、庭師という仕事も、日本の歴史とか、総合的な美的な感覚とか、また樹木に関する知識とか、幅広く深いものが要求されますね。
いろいろとありがとうございました。

2012/10/16 (Tue) 22:40 | EDIT | REPLY |   

紅葉  

鈴ちゃんへ

鈴ちゃん、こんにちは。
庭師の仕事って、名前も含めてわかりづらいですね(笑)。
植木屋は、一般的に、植木の生産から販売、剪定、作庭まで、植木を扱う全ての人の総称でもあり、分業で行う人もまた植木屋と呼ばれます。名人クラスの庭師さんでも、自分の職業を名乗る時は「植木屋です」と言いますから、謙遜的な意味合いもあります。
庭師という呼び方については、京都や金沢など名庭の多い所では、普通に庭師と呼ばれています。東北でも、弘前市や山形市などのように、庭の文化が盛んな所も同様です。
資格については、私は庭師には資格はそぐわないと思っています。国の資格には造園技能士や造園施工管理士がありますが、これらは「師」ではなく「士」ですから、庭師とは違います。
技能士試験には実技もありますが、図面通り、寸法通りに作ることが求められます。実際の仕事で図面が必要とされるのは公共工事なので、国の資格は、どちらかというと、同じ造園の中でも、工事屋さんや施工屋さんの部類の人に必要な資格です。一方で、作庭を主とする庭師の仕事は、図面は描かずに現場の感覚や閃きなどでつくります。寸法通りにつくるのではなく、図面に頼らずに自分の創作心を頼りに仕事をするのが庭師なので、ここの所が大きな違いでしょうか。
創作心の優劣は試験で計ることができないので、庭師の基準というものは、お施主さんの目ということになります。
士は官に仕える人のことですが、我々は国のために庭をつくるのではなく施主のためにつくります。だからこそ、技能士などではなく庭師になりたいのです。
日本の庭園文化は、古来から優れた庭師たちによって支えられ、多くの名庭が残されていますが、彼らは資格など持っていませんでした。このことが、庭師には資格など要らないことを如実に物語っているようです。
作る側と見る側とでは、少し捉え方が違ってくるかもしれません。また、医療や衛生、建築など、資格や免許が必要なものもあると思いますが、感性や感覚でモノをつくる職人には、資格などの枠組みはあまり適さないのではないかというのが私の考えです。こんなところでよろしいでしょうか。

2012/10/16 (Tue) 18:03 | EDIT | REPLY |   

鈴ちゃん  

ご無沙汰しています。

能代にも女性庭師さんが登場されたんですね!
力仕事も多くてご苦労されるでしょうね。でも、お庭造りは楽しいでしょうね。
以前、県外の女性庭師さんのTV番組があったように思います。今や看護界、保育界にはまた、男性が進出している時代ですものね。

呼び方についてですが、私は、庭に関る仕事をされる方を『造園業者』と聞いて育って来たので、たとえば『植木屋』さんと言う呼び方は馴染まないのです。『植木屋さん』と言うと、鉢を担いでお花を販売に来る人のようなイメージがあります(笑)

どういう人が『庭師』と呼ばれるのか、その『基準』みたいなものがあると、我々一般人にも解りやすいのですが。
『庭師』と言う呼称は、『芸術家』にも通じるニュアンスがありますね。
紅の葉さんは、呼ばれ方に、強い拘りを持っていらっしゃるように思いますが、どのレベルで『庭師』と呼ばれるのでしょうか?『造園業者』では、なぜ不満なのか?と言う疑問がありました。私たちのように、『資格試験』があったほうが、わかり易い気もしますね、、、、、。

2012/10/15 (Mon) 23:33 | EDIT | REPLY |   

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