杜の木漏れ日

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植木屋泣かせの庭

寒波到来、一昨日の天気がウソのような寒い一日です。
先月、「大雨は千載一遇」という記事を書きましたが、大雪もまた同じ。
今日は一日、雪の様子を見に庭を見て回りました。

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雪透かしと雪吊りを併用している松の庭。
今朝は10㎝以上積もったと思いますが、寒い日の雪は軽いこともあり、枝葉の隙間を雪が通り抜けています。
この庭にはオンコの刈り込みもありますが、枝に乗った雪を比較すると、透かしの効果がわかります。

千利休は、露地の飛石のあり様を「渡り(実用)6分に景(景色)4分」と言ったそうですが、この松は、「透かし9分に吊り1分」といったところでしょうか。
管理に入らせていただいてから10年、当時は枝数が多く雪吊りを必要としていたこの松も、今では冬景色としての役目に変わってきています。
初めは枝抜きや枯枝外しにかなりの手間が掛かりましたが、毎年、冬を意識して枝透かしを行っているうち、今では半分以下の手間でできるようになりました。
吊り縄も、毎年の交換ではなく2年は使いますから、それだけ縄に負担が掛かっていないということです。
松は他の木よりも手が掛かりますが、将来を見据えて気候に合った手を入れていけば、掛ける手も経費も徐々に少なくなります。

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こちらは同じ市内の松の庭ですが、雪囲いを一切行っていません。
シャクナゲやアオキなど、山で雪の下になる自生樹を中心に植えていますが、自然樹形に維持しておけば冬の養生は不要です。

20代後半の頃に手掛けさせていただいたこの庭も、作庭後20年が経過。
この庭には刈り込み物が1本もありませんが、仕立木の庭が主流だった当時、このような自然樹形の庭はなかなか受け入れられない時代でした。
そんな中で、雪囲いをしなくてもいい庭を模索、初めてそれを試行させていただいたのがこの庭です。

松は芽摘みともみ上げ(古葉引き)を行うことが常識とされているようなところもありますが、必ずしもそうではないと思っています。
今年はこの赤松を剪定鋏一本で透かしましたが、毎年手入れの工夫をしていることもあり、年々手が掛からなくなってきています。

昔の植木屋は、自分の仕事を繋ぐために手間の掛かる木を庭に植えたという話をよく耳にしますが、そんな話を聞く度に、それでは施主のためではなく植木屋のための庭ではないか、施主にとって本当にいい庭とはどんな庭だろうかということを考えるようになりました。

代替わりなどで、管理費の掛かる庭が解体されていくのをこれまでたくさん見てきました。
手の掛かる庭は植木屋の仕事になりますが、本当に施主のことを考えるなら、次代に引き継いでもらえるよう、少しでも管理費を軽減できるような庭にしてあげたいと思っています。

手の掛からない庭は植木屋泣かせかもしれませんが、庭を長生きさせ、植木屋の意識と技を高めさせてくれる有り難い庭です。

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