松尾芭蕉の石碑の謎

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「しばらくは 花の上なる 月夜かな」

近所にある石碑に記された芭蕉の句です。
子供の頃、学校帰りによく道草した所ですが、ここは芭蕉塚と呼ばれていて、昔は富根小学校の遠足コース(徒歩)にもなっていました。

そのころは、松尾芭蕉がここでこの句を詠んだ記念碑なんだろうぐらいに思っていたものの、その後、芭蕉は象潟までしか来ていないことを知って、「ではなぜここに石碑があるのか?」という疑問がずっと心の中にありました。
しかし、特にどうということもなく時は過ぎ、この間、子供たちと象潟から山形を旅した時にこのことを話すと、次女が食いついてきました。
ちょうど、小3の教科書に芭蕉の句が出てきているそうで、それが山寺で詠まれたものだとわかり、興味を持ったようです。

ということで、夏休みの自由研究で松尾芭蕉の足跡を調べてみようとなったわけですが、芭蕉ゆかりの蚶満寺(象潟)から山寺(山形市)を巡り、地元への取材に同行するうち、長年の私の疑問も解けてきました。
この石碑は江戸時代後期の建立ですが、そのころの富根では芭蕉の流れをくむ俳句が盛んで、師を顕彰するために建てられたもののようです。
芭蕉は象潟までしか来ていませんが、その弟子やそのまた弟子が北へ北へと芭蕉の句や功績を伝え、富根にも根付いた。
師の思いを全国に広めた証が、この石碑だったのかもしれません。

山寺の芭蕉記念館の話によれば、こうした石碑は全国に3000以上あるそうで、能代地区にも、同じ句を記した石碑が願勝寺にありました。
地元にそうした文化があったことに驚くとともに、父の疑問を解いてくれた次女に感謝です。

そこで一句。
「句を詠んだ 場所(芭蕉)を訪ねて 青い空(曾良)」
お粗末^^。

※曾良は、芭蕉と奥の細道を旅した門人です。

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