杜の木漏れ日

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正しいことはいつか必ず通る

この間、小学校の道徳の授業で「公正・公平・正義」をテーマに、親が子にあてて手紙を書くというものがありました。
こんな高尚なテーマを前にすると、自分はどうなのかとの自己問答が始まり、なかなか筆が進みません。
子供に正義や公正を語れるほど立派な人間じゃない。
悩みに悩んだあげく、こんなことを書きました。

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長女へ
この間、「リオの伝説のスピーチ」という動画を君に見せました。
大人たちが地球を壊していることに我慢できず、カナダ人の少女がブラジルまで出かけて、世界会議の場で首相たちを叱ったという有名な話です。
セバンさんという12歳の少女ですが、君が同じ年になったら、この話を教えたいとずっと思っていたのです。
セバンさんは、スピーチの中で「大人たちはなぜ地球の直し方を知らないのに地球を壊すのですか?」と言っていますが、実は保育園の頃の君から、同じようなことを言われたことがあります。

昔、イチョウの木やプラタナスの木など、能代の街路樹のほとんどは電柱のように短く切られ、木の形をさせてもらえないかわいそうな姿になっていました。
それを見た君が、「なぜあの木たちには腕が無いの?」と言ったのです。
父さんにはこれが、「なぜ大人たちは、木の直し方を知らないのに、せっかく植えた木をこんな姿にするの?」と言われているような気がして、君に返事をすることができませんでした。

今でも、あのころの君に、何と説明したらいいのかわからない。
それがとても恥ずかしくて情けなくて、子供にウソをつく大人ではいけないと、能代の街の木を守るための活動を始めました。
そのための勉強や会議などで君の誕生日や運動会にも出られず、お母さんから怒られたこともあります。
木を切っているのは植木屋さんなので、この活動をするということは、父さんと同じ仕事をしている人たちを責めることにもなります。
「あまり波風を立てるな。仲間のことも考えなさい。」と、君のお祖父さんからも怒られました。
でも父さんは、自分が植木屋であることに誇りを持っている。
誇りと良心を持ってこの仕事をしている。
植木屋は、木が好きで、自然が好きな人がなるものです。
だから、木を育て、木を守る植木屋が、木をかわいそうな姿にすることを許せなかった。

能代は昔、大火が何度もあって、君のお祖母さんの実家も小学生の頃に焼けたそうです。
能代にイチョウの木が多いのは、水分が多いイチョウをたくさん植えることで、火事から人の命を守ろうとしたからです。
でもそんなことを、木を植えた役所の人自身が忘れてしまったから、役目を果たせない姿になっていたのです。
だから、ちゃんとやってくださいと、役所の人を叱らなければならないこともありました。

叱れば相手も気分を悪くします。
人を叱るのは、とても勇気の要る、つらいことです。
できればそんなことはしたくない。
見て見ぬふりをしていればいい人でいられる。
波風を立てれば嫌われる。
でも誰もやらなければ何も変わらず、木はいつまで経っても切られる。
とても悩みました。
でも、能代の街の人が誰も気付いていなかったから、自分がやるしかない。

そんなふうに、怒られたり怒ったりしながらも続けるうち、とても時間は掛かったけれど、今、能代の街の木たちはだんだん木らしい姿を取り戻しつつあります。
二ツ井小学校の前のケヤキ並木もそうです。
ブツブツに切られていたケヤキたちが何年もかかって枝を伸ばし、もうすぐ緑のトンネルになりそうです。
そうなった時、父さんはやっと、あのころの君に顔向けできるような気がしています。
君に認められたいと頑張ったおかげで、父さんは植木屋の誇りを無くさずにすんだ。
だから、君にお礼を言わなければなりません。

「正しいことはいつか必ず通る。」
全国に教えを乞いに行った時、そう励ましてくれた人がいました。
くじけそうになる時、いつもこの言葉を思い出しています。
「いつか」ということは、自分がしていることや思っていることがいくら正しくても、今すぐには通らないということ。
相手は人だから、自分と価値観の違う人に解ってもらうには時間がかかるのです。
人の理解レベルはさまざまだから、もしかしたら、自分の伝え方が悪かったということもあるかもしれない。
自分の思いばかりを話して、相手の話を聞いてあげてなかったのかもしれない。
自分の正当性ばかりを主張して、相手の立場を思いやる優しさが足りなかったのかもしれない。
うまく行かない時は、自分がそういうふうになっていることもある。

中には、いくら丁寧に話しても、伝わらない人もいます。
それでも、伝えるための努力を惜しんではならない。
伝えることをあきらめてはいけない。
そうすれば、必ず理解者は現れる。
善いことは必ず人に理解され、正義は通る。
善いことを一生懸命伝えれば、正しいことは必ず理解されます。

これから君にも、そんなことがたくさん起こります。
もしかしたら、今起こっているかもしれない。
自分が正しいと思ったら、それが善いことだと思ったら、まず自分がそれをやり、見本を見せてあげなさい。
ゴミが落ちていたら、人に注意する前に、まず自分が拾って見本を見せること。
履物が乱れていたら、まず自分が揃えること。
見本を見せられないような難しい問題と出会ったら、自分で考えても結論が出なかったら、仲間と一緒に考えなさい。
それでもわからなければ、いろんな人に聞きなさい。
そして、善いことを教えてもらったら、それを仲間や後輩に返してあげなさい。
それが「恩返し」です。

父さんは、生まれてこの方、勉強もスポーツも仕事も生き方も、人から器用だと言われたことが一度も無い。
申し訳ないが、君は、そんな残念な父さんの子供です。
でも、不器用でも、ひとつのことを一生懸命やっていれば、いつか必ず思いは実現する。
これだけは言える。
一生懸命生きなさい。         
                   父より

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子供から教えられることはたくさんありますね。
街路樹からもいろんなことを教わりました。
子供や木を育てる中で、親として、植木屋として育てられています。
これからも、ともに育ちたいと思います。

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