杜の木漏れ日

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「東嶽精神の宿る木々~美郷町の街路樹と学問の森」(地元紙掲載)

お盆前の手入れラッシュも、いよいよ終盤です。
疲れのたまりやすい時期、ブログの更新もかなり間が空いてしまいました。
そんな中ですが、本日付の地元紙に、拙文が掲載されました。

DSCN7755.jpg 北羽新報2014。8.9(クリックで拡大できます)

下記に、原文をご紹介します。


「東嶽精神の宿る木々~美郷町の街路樹と学問の森」

昨年来、庭園専門誌の『庭(建築資料研究社発刊)、』で、「街路樹礼賛」という連載を担当しました。全国の好例を紹介する中、最終回となった今号(216号「愛される街路樹」)では、樹齢300年のけやき公園の街路樹や、市民植樹祭で植えた畠町の街路樹を取り上げ、ふるさと能代の取り組みを全国に発信することができました。市立図書館でも閲覧できますので、どうぞご覧ください。


田園都市構想で植えられた近代街路樹

「街路樹礼賛」の取材で見てきたものの中に、「美郷町(旧千畑町)の松・杉並木」があります。一見、街道の並木のようですが、明治30年代、田園都市構想の下に植栽された近代的な街路樹です。田園都市構想はイギリスで考案されたもので、街路樹の文化も、文明開化とともに西洋から入ってきたもの。千畑の整備は坂本東嶽によってなされたものですが、秋田県の小さな農村が、世界の取り組みをいち早く取り入れていたことに驚きます。この街路樹は赤松や杉など、土地の自生樹を用いていますが、プラタナスやイチョウなどの外来種が主の街路樹にあって、ふるさとの自然と繋げ、地域性のある街路樹を生み出したことも特筆されます。土地にある木を植えるということは、その木の特性や気候への順応、木がどこまで大きくなるのかの「成長限界」を知っているということ。街なかを放射状に伸びる並木は、同じく田園都市構想のもと、渋沢栄一が築いた田園調布(東京都)の銀杏並木を思わせますが、住宅街である田園調布と違い、千畑は官庁街。苦情の起きにくい所にあったことも、百数十年もの間、良好に保存されてきた理由かもしれません。この、坂本東嶽の先見性に満ちた並木は、「新・日本街路樹百景」にも選出され、教育委員会の管理のもと、町の重要文化財に指定されています。現在、並木には広い緑地や小学校が隣接していますが、子どもたちは美しい赤松のトンネルを通って学び舎に通い、緑豊かな環境の中で学んでいます。


自然樹形の大木が集う学問の森

小学校の隣には中学校跡地がありますが、その中に、1本のプラタナスを見つけました。よく見ると、プラタナスはその奥にも続いていて、木に導かれるように進んでいくと、いつのかにか私は、巨大なプラタナスの森の中にいました。森の高さは20m、一本の木の枝張りも20m以上はあるでしょう。試しに幹の太さを計ってみると直径約90㎝、幹周りは、なんと2m80㎝ありました(地上1.3m)。幹の太さ、樹高、枝張りとも、これだけ大きなプラタナスを見たのは初めて。しかも、そんな大木が群をなしているのです。放任育成されたようで、樹形は自然状態に近く、プラタナスがケヤキのような姿をしています。プラタナスにとってはこれが当たり前なのですが、街なかの街路樹を見慣れた目には、信じがたい光景として映ります。樹齢も百年は軽く超えているように見え、町役場に尋ねたところ、昭和20年に記念植樹されたものであることがわかりました。ということは、樹齢にして約70年。これは、畠町通りのプラタナス(街路樹)とほぼ同じですが、畠町の木々は、半分程度の太さです。同じ年数を生きてきてこれほどの違いが出るのは、根が十分に張れる土の量や、強剪定による成長抑制など、生育環境の違いからくるものでしょう。全国では、狭い道路にプラタナスを植え、大きくなってブツ切りを繰り返すといった悪循環が多い中、千畑ではプラタナスを街路樹にせず、学問の木として広い場所に植え、森をつくっていった。プラタナスの花言葉は「天才」ですが、これは哲学者のプラトンに起因します。プラタナスは「学問の木」として学校などに植えられますが、これは、プラトンがこの木の木陰で学生に講義をしたことが由来。ここは、そんな学問の木が、大木となって集う森でした。


坂本東嶽の志が根付く町

国会議員を辞してまで故郷に戻り、独自の村づくりを行った坂本東嶽は、幼いころから学問の人でした。向学心に燃える東嶽は自ら中央に出て学び、故郷で教べんを取ったとも聞きます。優れた先見性や行動力は、そうして養われていったのでしょう。まちづくりを人づくりと捉え、教育にも力を入れた東嶽の志は、「東嶽精神」として、現在も町の人々に受け継がれているそうです。百数十年前の街路樹が今なお良好に管理されていることも、その表れの一つ。街に木を植え、守り育てることは、まちをつくることでもあり、人をつくることでもある。木を大きく、伸び伸びと育てるこの町のおおらかさに、東嶽の思いが根付いていることを感じます。

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