杜の木漏れ日

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葉っぱのフレディ~いのちの旅~

以前、「落ち葉はゴミか」というエッセイを書いたことがあります。
HPに掲載している記事ですが、これを書いたのは2007年の11月のことでした。
この頃の能代はまだ、街路樹がブツ切りにされていた時代。
街路樹のブツ切りは全国的なものですが、その原因の多くは、落ち葉に対する苦情です。
でもこうした苦情は、落ち葉をゴミとして捉える意識を変え、樹木の生理が正しく理解されれば、無くなるものもあるかもしれない。
樹木の効用や効果に理解が深まれば、落ち葉に対する誤解も、少しは消えるのではないか。
そんなことを感じて、この記事に樹木の働きや恩恵についても書いていたところ、この間、「葉っぱのフレディ」にもそんなことが書いてあるよと、ある方から教えていただきました。

ということで、さっそく図書館に。

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フレディは、公園の木に付いている葉っぱでした。
フレディには、同じ葉っぱの友達がたくさんいましたが、なかでもダニエルは親友。
ダニエルはとても物知りで、フレディに、自分たちは木の葉であることや、木の根が四方に張っているから倒れないこと、暑い夏には、自分たちが体を寄せ合って木陰をつくり、人間を涼しくしてあげることも葉っぱの仕事のうちで、なぜ、紅葉の季節には、一枚一枚の葉の色づき方が違うのかも教えてくれました。
この本には、葉っぱの仕事や一生が、とても丁寧に描かれています。
そんな意味では、造園の専門書といえるかもしれません。

フレディは、冬が来て、自分が木から離れ、大地に降りていく時に初めて、自分が付いていた木の全体の姿を目にします。
木の葉として一生懸命仕事をしていた時には見えなかった光景が、そこにあったのでしょう。
これまで、そんな感覚で、木と葉の関係を見つめたことがなかったので、とても印象的な光景に映りました。
常々、植木屋は木の身になって考えることが大切だと思っていますが、この本には、木の子どもである葉っぱの気持ちまでが描かれています。
木の側に立たなければと思ったことはあるけれど、葉っぱの気持ちにまで思いを寄せたことはなかった。
そんな意味では、造園の専門書を超えた、植物に携わる者としての心を教えてくれる教科書なのかもしれません。

と、植木屋の視点で見るとこんな感想になりますが、最後まで読むと、なぜこの本の副題が、「いのちの旅」となっているかがわかります。
本の冒頭には、「この本を、自分の力で 『考える』ことをはじめた子どもたちと、子どもの心をもった大人たちに送ります
」とありました。
そして、本の表紙には、「始めよう!家族で読書」とある。
図書館のロビーで読み終えた本ですが、せっかくなので家に持ち帰り、家族みんなで読むことにしました。

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フレディは、公園に立つ大きな木の、梢の近くの太い枝に生まれた、葉先が5つに分かれた葉っぱ。
この本を読み終えて図書館から出ると、そこにも大きな木があって、先が分かれる葉っぱがありました。

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葉はかなり落ちていましたが、まだわずかに残っている。
もしかしたら、この木にも、フレディやダニエルがいるかもしれない。

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空を見上げたり地面を見たりして、彼らの姿を探してしまいました。

「葉っぱのフレディ~いのちの旅」は、人生を教えてくれる哲学書でした。

Comments 2

紅の葉  

kei さんへ

keiさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
「いただきます」の精神、大切ですね。忘れてはならない、日本の心だと思います。昨日、いつか見たいと思っていた滝に出会えて、感動しました。感動すると、感動させてくれたものに対して、自然と感謝の気持ちが湧いてきます。滝の近くには小さなお堂があったので、そこに、感動のお礼として手を合わせてきました。感動の数は、感謝の気持ちの積み重ねかもしれませんね。そんな意味では、ポッポ屋さんはきっと、たくさん感動された人なのだと思います^^。

私たちはどこから来てどこへ行くのか。「いのちの旅」ですね。「ぽっぽや」といえば高倉健さんですが、遺作となった「あなたへ」で、「旅と放浪の違いは、目的があるかないか。帰る所があるかないか。」というセリフが心に残りました。葉っぱは、土に根を張る樹木から生まれ、樹木や人のために働いて、やがて土に還る。フレディはダニエルからそれを教えてもらいましたが、ダニエルという友を得て、生きることが旅に変わったのかもしれません。そんな意味ではダニエルは、一生の師ですね。人生を豊かにするのは、良き友と師。師走の初めに、そんなことを思いました^^。

2014/12/01 (Mon) 14:33 | EDIT | REPLY |   

kei  

私達は日々、他の生命を頂いて生きてますよね。その視点を忘れずに生活したい(ポッポ屋さんの言葉でも有ります)と、あらためて読ませていただき、心に刻んだところです。また、季節のせいでしょうか、私達は何処から来て、何処へ行くのでしょうか・・と、この師走の初日に思い出したように考えております。

2014/12/01 (Mon) 10:41 | EDIT | REPLY |   

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