杜の木漏れ日

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つまづく石にも必要がある

「つまづく石にも『必要』がある。」
知人から教えていただいた言葉ですが、深い言葉だなあと思いました。

道を歩いていて小石につまづき、転んでけがをすることがある。
怪我をして病院に行ったら、転んだのは運が悪かったのではなく、身体を支えきれないほど体調が悪かったことに気付く。
忙しくて休んでいられないんだけど、仕事をすればするほど身体は悪くなる。
観念して休むと、身体が再生し、気が満ちてくる。
何もしないこと、何も考えないこと、立ち止まることも時には必要。
小石は、そんなことを気付かせるために、そこにあった。

転んだら、手を差し伸べてくれる人が現れる時もある。
転んだら、どう転べば痛くないかがわかる。
転んで怪我をしなかった時は、受け身を習っていたことに感謝できる。
転んで服が汚れてクリーニングに出したら、お得なクーポンをもらえる時もある。
転んで福が来ることもある。
転ぶことを繰り返す中で、転びを活かす知恵が付き、人間が強くなる。

小石も集まれば道になり、庭ができる。
災い転じて福となす。
七転び八起き。
七転八倒しても、起き上ればなにかがある。
小石に転び、そんな小石の経験が、人生という庭をつくる。


ちょっと転んでいましたが、おかげで気が満ちてきました。
小石と、小石のお話を教えてくださった知人に感謝。

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